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human being? human doing?


木の切り株

でもさ、それじゃあ成長がないと思わない?

だから、つらいけどがまんしてがんばる。

なにか、自分のすることを見つけないと!

だって、そうしないと役に立たないし、存在の意味がないもの……。

今自分がここにあること、つまり存在の意義と

自分がなにかをすることで、誰かが満たされること。

これはべつのものだと思います。

すべてのひとは、存在するだけで、意義がある。

そして、その上で、何かしたくなって、それをすることで、

たまたま、誰かが満たされるかもしれない。

(そのときであっても、まず自分が満たされるとおもいます。 だって、自分がしたくってそれをしているから)

なにかをしなければ「存在」の価値がないのではなくて

とくべつななにかをしなくても、存在の意義も価値もある。

それでもしも、なにかをしたくなって、それをしたときにもしかしたら

だれかがよろこんで、その「行動」が賞賛されたりするかもしれない。 存在の価値と行動に付随する功績はまったくべつもの。

木々はただそこにただあるだけで、でも、かけがえのない存在です。

その呼吸や循環が、大きな環の中では必要不可欠です。

おおきなおおきな地球の、宇宙の循環の中では

なにかとくべつなことをすることではなくて、

ただその流れの中で生きているだけで尊いものです。

ただ呼吸をしてそこにあるということを感じてみる。

そうしたら、もうそれだけでいいんだってことが感じられる。

成長しなければならない、なんてことはないとおもいます。

みんな、そのままで完全だから。

"human doing"ではなくて"human being"というのには

それなりに意味があるのだとおもうのです。


 

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